心理テクニック

人心掌握で成功、リーダー心理テクニック13個厳選

ナツキ
ナツキ
いらっしゃいませ!!

今回は、マキャベリが生んだ『君主論』からお話しします。

マキャベリはその生涯でいくつかの著名を遺していますが、なかでも代表的なのが『君主論』です。

『君主論』は「君に求められる資質やどのように統合して国を保つかについて、彼の経験や君主の例などをもとに論じたもので、彼が世俗から離れた生活を送っていた当時、フィレンツェに君臨していたメディチ家に贈る目的で書かれました。

そして、マキャベリがこれを記した背景には、当時の情熱があるのです。強大なローマ帝国が倒れて以後、イタリアに統一国家は登場しませんでした。

当時はベネツィア共和国やナポリ王国、教皇領といった5つの中規模の国家と、いくつかの小国がひしめき合った状態。

フィレンツェは中規模の国家でしたが、かつて強国といわれた面影はすでになく、フランスなどの強国が手を伸ばしてくると、顔色をうかがって右往左往するといったありさまだったのです。

マキャベリはこうした状況を憂慮し、イタリアは一刻も早く誰かの手で統一され、諸外国に対抗しなければならないと考えました。

「目的のためなら、手段は正当化される」といった数々の強烈な考え方の裏には、「何でもいいから早くイタリアの統一を!」という、強い危機感がありました。

マキャベリの『君主論』は、彼の強い祖国愛から生まれたものだったのです。

Contents
  1. 指導者は別の顔をもつ!
    1. この世は悪人だらけ!
    2. 「いい人だと思わせる」ことが大事
  2. 約束破りはしない!
    1. 自ら決めたルールは積極的に
    2. 守れない約束は自ら言わない
  3. 罰は厳しくせよ!
    1. 規則には罰則を執行せよ
    2. 緩い罰は違反を促進する
  4. 責任をとるのも上司の役目!
    1. 部下を育てるのは上司の重大任務
    2. いざと言う時に上司の人格が問われる
  5. 報酬でモチベーションをあげる
    1. やる気にはインセンティブが必須
    2. 褒美は有能に使う
  6. 指導者に超重要なのは想像力
    1. 対応力がある人は想像力がある
    2. 情報集めと想像力を働かせるトレーニングをする
  7. 悪い面を認め、よい面を伸ばす!
    1. 組織の長所は適材適所で発揮
    2. 優秀な人は必ず欠点もある
  8. 率直な意見を発言する人は大事
    1. 聞きたくない意見でも、ガッチリ受け止める
    2. 自由に意見を言える環境づくりの大切さ
  9. 疑い深い方がよい!
    1. 頼りになる相手を見極める
    2. 人が言ったことをそのまま受け入れない
  10. 最善の褒美は、小出しで頻繁に!
    1. 大事なのは感謝の気持ちを伝えること
    2. 大サービスは自分の首を閉めることに…
  11. 義理にこだわりすぎない
    1. 状況によっては信義に逆らうことも大事
    2. 信義に拘ると失敗する
  12. 恐れられる人間になれ!
    1. 人の根性は悪である
    2. 恐れられても恨みを買わない
  13. 損失を最小にする!
    1. ビジネスに絶対はない
    2. マキャベリの見解と類似するミニマックス原理

指導者は別の顔をもつ!

確かに組織のリーダーになる人物は、部下に信頼される必要があります。公正で信義に暑く思いやりがあって懐も深い、そんな人物なら部下たちにとっても申し分ありません。

ただし、これが「ただのいい人」になってしまうと、それはそれで別の問題が生じてきます。

この世は悪人だらけ!

ビジネスは他人との競争でもあり、いってしまえば利益の奪い合いです。いつもきれい事だけで済めばよいのですが、残念ながら現実はそう甘くはありません。

ときには、一般に論理的にあまりよくないとされることを、あえてする必要も出てきます。

当然、組織のリーダーが決断を下すことになるのですが、このとき肝心なリーダーが「ただのいい人」だった場合、ためらいが生じてなかなか決断できないでしょう。

また、あまりに人がよすぎる人物は、悪徳には疎くなりがちで、他人への警戒心が薄い傾向にあります。

懐が深すぎる人は悪人をも呼び込みやすくなりますし、信義に厚すぎる人は詐欺師に騙されやすくなります。

世の中に善人しか存在しないのなら問題ありませんが、取引先の相手をはじめ、身内である社員ですら、必ずしも善人であるとは限りません。

よい気質を備えていることは素晴らしいことですが、それだけではだまされて大きな損失を被ってしまったり、築き上げた会社を簡単に乗っ取られてしまったり、組織を保つことが難しくなってしまいます。

とても残念なことですが、最初から悪意を抱いて近づいてくる人もいるのが現実なのです。

「いい人だと思わせる」ことが大事

人の上に立つ人物の気質について、マキャベリは「君主たらんとするものは、種々の良き性質をすべて持ち合わせる必要はない。しかし、持ち合わせていると、人々に思わせることは必要である」と述べています。

リーダーが備える理想の気質は、そもそも世の中に完璧な善人などはそうそういるものではなく、程度の差こそあれ誰しも悪い部分は持ち合わせているものです。

ここで重要なのは、あなたがよい気質を備えた人物だということではなく、あくまで「相手にそうだと思わせること」なのです。

どちらかといえば「人間は善である」ことを前提にしている日本の社会に対しマキャベリの思想は「人の本質は悪である」ことが前提です。

人間は誰しも悪の心を持っているのが普通で、なくそうと思ったとしても、簡単になくなるものではありません。

だからこそ、人の上に立つ者は「よい気質を備えた人間だと思わせる」ことが必要だというわけです。

もちろん、容易に信義をたがえ、非情で人間味に薄いような人に、ついて行きたがる人はいません。しかし、善人過ぎると悪人に対処できないという問題があるということです。

普段はよい人だと思わせつつ、必要となれば汚い手段もとり、悪人には騙されない。人の上に立つには、善悪の両方に通じる二面性も必要なのです。

約束破りはしない!

マキャベリの言葉のなかに、「国家にとって、法律をつくって」おきながらその法律を守らないことほど有害なことはない。とくに、法律をつくった本人たちがそれを守らない場合は、文句なく最悪だ」というものがあります。

自ら決めたルールは積極的に

法律の内容は、制定された国家によってさなざまです。しかし、そこで生きる人々の習慣や宗教、基本的な考え方に基づき、守るべき規範として定められているという点は変わりません。

つまり、なんらかの必要性があるから、その法律が定められているのです。法律をつくっておきながら、それを本人たちが守らないということは、法律の必要性を自ら否定したも同じです。

これは企業などの組織でも同じです。たとえば、ある部署のリーダーが「担当を回しつつ、週に一度はフロアの掃除をしよう」と決めたとします。

最初の数週間は、うまくいくかもしれません。しかし、リーダー自身の番が回ってきたとき、「今週は忙しいから」と掃除をしなかったとすれば、翌週からは誰も掃除をしなくなるでしょう。

日々の仕事があるのは部下たちも同じです。言い出した本人ですら守らないのですから、ほかの人も守るわけがないのです。

逆に、部下がたびたびさぼっているなかで、リーダーがきっちりつづけていたとしたらどうでしょうか。

初めは面倒くさがっていたとしても、よほど空気が読めない鈍感な人でもない限りは、「リーダーがつづけているのに、自分がやらないというのもなあ…」と、次第にルールを守るようになるでしょう。

守れない約束は自ら言わない

自分が決めた約束を守ることは、企業同士の付き合いもでも重要です。なにかを依頼されるとき、作業期間や報酬などの条件が厳しい場合も多々あります。

このとき、あなたが「この条件では無理だ」と主張したのに約束を無理強いされた場合、守れなくても仕方ないでしょう。

それは、「無理だ」というあなたの主張を聞かなかった先方の責任です。

しかし、あなたが「できます」と言って引き受けた場合、約束を守れなかったらあなたの責任です。

先方はあなたのほかにも仕事を発注する相手がいたかもしれません。あなたの「できる」という言葉は、その選択肢を閉ざすことにもなるわけですから、約束した以上は守る必要があるのです。

とくに相手が懇意にしている企業の場合、無理をしてでもいい顔をしたくなりがちです。しかし、約束を守れる見通しが薄いなら、断る勇気も必要なのです。

自分が言い出したことをきっちり守れば、それだけで信用につながります。しかし、守れない場合は信用の失墜につながりますから、もろ刃の剣といえるでしょう。

自分から言い出す約束は、守れるものに限るのが賢明なのです。

罰は厳しくせよ!

人間の社会には、法律に限らずさまざまな規則が定められ、違反者には必ずなんらかの罰が課せられます。

さまざまな人々が共に暮らすなかでは、ときに他人と衝突することもあります。そのたびに事件が起こるようでは、健全な社会生活が維持できませんから、規則と罰則を定める必要があるのです。

規則には罰則を執行せよ

企業などの組織でもこれは同じですが、人間はとかく自分の都合を優先しがちです。どんなに規則をつくっても、それだけでは効果は薄いでしょう。

一般的な例をあげると、近年ではスマートホンが普及したことにより、歩きながら操作する「歩きスマホ」が社会的な問題になっています。

メディアをはじめ、街角のポスターや電光掲示板などでも、盛んにやめるよう呼びかけていますが、一向に減る様子は見られません。

これは、歩きスマホを禁じる具体的な規則がないことも理由のひとつですが、歩きスマホをしたところで、本人に何の実害もないというのが根本的な理由でしょう。

ちょっと極端ですが、仮に画面を起動したまま3歩動いたら、スマートホンが爆発するという仕組みだったらどうでしょう。

なんの規則や罰則がなくても、歩きスマホをする人はいなくなるはずです。規則もこれと同じで、違反しても実害がないのであれば、守る人は少なくなります。

たとえ罰則が定められていても、それを厳格に執行しなければ罰則がないのと同じですから、やはり状況は変わりません。

規則というものは、違反した場合を同時に定め、それを厳しく適用してこそ効果を発揮するのです。

緩い罰は違反を促進する

一般的に、罰則の重さは規則的の内容によって決められます。不当に重すぎるのも問題ですが、軽すぎるのもそれはそれで問題です。

たとえば、自動車の扱いに対する法律では、駐車禁止場所での違反は最低でも一万円以上の罰金が課せられます。

もし、この罰金が千円だったらどうでしょう。とくに大都市では駐車場も足りていませんから、「千円ならまあいいか」と考え、違反する人はもっと増えてしまうでしょう。

マキャベリは「大勢の人間がある罪を犯した場合、全員を処刑することは不可能である。

一部の人たちだけ懲らしめるのはその人たちに対して不公平で、ほかの人たちに犯罪を繰り返させる気を起こさせる。

だが、全員が死刑に値する場合は、10人にひとりをくじ引きで決めて処罰すれば、運命だと思ってあきらめるだろう。

罪を免れた者も、次にくじを引き当てることを恐れて、新たな犯罪を起こす気にならないだろう」と述べています。

刑法の全般に言えることですが、人は違反とされる行為に対し、罰則が「割りに合わない」と感じるものほど違反しないのが一般的です。よって、罰則を定める場合は、規則に対して思いほど効果的です。

有能な人材が違反した場合、罰の適用をためらいがちですが、それではほかの人に示しがつきません。例外なく、公正に執行することも重要です。

責任をとるのも上司の役目!

出世して部下を持つようになると、一気に仕事が増えるとよく聞きます。

なぜかというと、それまでは自分の仕事だけをしていればよかったのに対し、今度は部下たちの仕事の状況を確認したり、指導や監督を行う必要が生じるからです。

部下を育てるのは上司の重大任務

組織で仕事をする意味のひとつに、「次世代の人材を育成する」という点があります。

上司が部下を指導・監督するのはこのためで、実際に仕事をこなしながら、同じ業務にたずさわる先人のノウハウを後進の人たちに伝えていくのです。

これがきちんとできないと、その企業は衰退する一方になります。どこの企業も同じ状態なら、業界の存続自体が危うくなりますから、人材の育成は重要な仕事のひとつといえるでしょう。

その業種に初めて関わる人は、右も左もわからないのが普通です。経験者だとしても、その企業のやり方にすぐになじめるとは限りません。

そこで、企業は新人研修を行ったり使用期間を設けて、最初に業務の基礎を学ばせるのです。

これは初めて部下を持つ社員も同じです。実務能力が優秀だったとしても、他人を指導、監督するには別のスキルが求められます。

必ずしもよい上司になれるとは限りませんから、より上に立つ人物がそれとなく見守る必要があるのです。

いざと言う時に上司の人格が問われる

このように、部下を育てるのも上司の大切な仕事です。しかし、人間は完璧ではありませんから、どうしても失敗することがあります。

そして、このときこそ上司の器が問われるのです。部下が失敗したとき、上司はどのように対応するのでしょうか。

できる上司であれば、一緒に迷惑をかけた取引先や上役の元を回り、謝罪してくれるでしょう。

気落ちしている部下に対しては、励ましのひと言くらいかけたうえで、同じミスをしないよう、ともに原因の究明をしてくれるはずです。

こうした上司の姿を見れば、部下のほうも真摯に反省できますし、次の仕事にも新たな気持ちで取り掛かれます。

そして、この部下が誰かの面倒を見るようになったときには、自身の経験に基づいて同じような対応がとれるはずです。

ときおり「失敗したのは部下が悪い」と責任を部下に押し付ける人がいます。確かに失敗そのものは部下の責任ですが、それを見過ごしたのは上司の責任です。

部下の監督は上司の仕事ですから、部下の失敗は上司の責任でもあるのです。

マキャベリは「人間というものは、自分を守ってくれなかったり、誤りを正す力もない者に対して、忠誠であることはできない」と述べています。

部下が上司に従うのは、上司が責任を負ってくれるからでもあるのです。指示ばかりで肝心なときに頼りにならない上司は、誰もついていきたいとは思いません。

部下が委縮せずに仕事をしたり、新しいことに挑戦できるのも、すべて上司の後ろ盾があってこそ。

部下の育成も上司の重要な仕事ですから、ときには自分が泥をかぶる覚悟も必要なのです。

報酬でモチベーションをあげる

かつて、現在のロシアの前身であるソビエト連邦や東欧諸国は国家の体制として社会主義を採用していました。しかし、今でも社会主義を唱えている国家はほんの一握りで、自由主義を占めています。

やる気にはインセンティブが必須

社会主義では、なによりも社会的な利益を追求することが第一で、個人の私的な利潤の追求では禁じられていました。

誰かの成果はみんなの成果というわけで、経済においても利益は平等に分配されるというのが原則です。

こうした体制のもとでは、特別に表彰でもされない限り、自分がどの程度社会に貢献できているのかが見えません。

さらに、懸命に働いてもさぼっても得られる報酬が同じであれば、さぼる人が増えるのも当然です。社会主義が崩壊した大きな理由のひとつは、人々の意欲減退による経済の停滞でした。

人が働きに見合った報酬を望む理由には、単に生活に困りたくない、裕福になりたいという願望だけでなく、「自分の働きを正当に評価してもらいたい」という承認欲求があります。

社会主義国家の人々は、これがまったく満たされなかったために労働意欲を失ったといえるでしょう。人が労働意欲を維持するには、なんらかのインセンティブ が欠かせないのです。

一方、日本のような自由主義経済の国では、勤め先や取引相手の企業の懐事情にもよりますが、基本的には利益が労働者に還元されています。

得られるお金は社会へ貢献した度合いを示す指標でもありますから、高収入の人に「仕事が楽しくて仕方ない」という人が多いのも、うなずけるのではないでしょうか。

褒美は有能に使う

あなたが経営者や現場のリーダーであるなら、社員や部下の労働意欲を引き出すことが重要です。大変だったり、面倒な仕事でも「その分のきちんとした評価がなされる」と思えば、やる気が出るものです。

営業成績なのわかりやすい部分だけでなく、例えば社外からの電話を積極的に取っている、といった数字に表れない部分もきちんと評価してあげられれば完璧です。

ただし、報酬を与える際の注意として、マキャベリは「栄誉を与える方法はあらゆる市民に開かれているべきであり、それに値する人々が名誉と感じて満足するような、適切な報酬が用意されていなければならない」と述べています。

これは「功績に対する報酬は正当であるべき」という意味です。誰から見ても相手の功績が大きい場合、見合った褒美でなければ意味はありません。

褒美をけちるのは最悪で「功績を正しく評価しない」という意思表示になってしまいます。本人は不満に思いますし、それを見た周囲のやる気も低下します。

ただし、普段の評価が不当な場合、褒美はその埋め合わせにしかなりません。褒美は功績に見合っており、普段の評価が正当だからこそ意味があるのです。

指導者に超重要なのは想像力

マキャベリの言葉のなかに、「軍の指揮官によって、最も重要な資質とは何かと問われれば、想像力である、と答えよう」というものがあります。これは一体なぜなのでしょうか。

対応力がある人は想像力がある

戦争には、戦い方の基本となる戦術論などがあります。通常、軍の指揮官になる人物は養成学校で学びますが、これは敵の指揮官も同じです。

当然、基本的な戦術は相手も熟知していますから、教科書で学んだことをそのまま使えば、簡単に裏をかかれてしまいます。

よって、指揮官は基本的な戦術をふまえつつ、自分なりに工夫しなければいけません。

当然、敵もなにかしら工夫するはずですから、指揮官は相手のとり得る行動をいくつも想定し、それぞれ対処法を考えねばなりません。

勝敗はもちろん、指揮官の判断には大勢の部下たちの生死がかかっていますから、あらゆる事態を想定できる豊かな想像力なくしては務まらないのです。

これはビジネスにおいても同じです。普段はあまり感じませんが、私たちを取り巻く状況は絶えず変化しています。

消費者のニーズは、技術革新をはじめとするさまざまな要素によって、短期間でガラリと変わることも珍しくありません。

しかし、現れた変化には比較的誰でも気づけます。変化に気づいた以上、それに対応するのも当たり前です。つまり、実際に変化が起きてから行動し始めたのでは遅いのです。

ビジネスで本当に成功したいなら、やがて起きるであろう変化をあらかじめ予測し、準備を整えておく必要があるのです。

情報集めと想像力を働かせるトレーニングをする

たとえば、取引先との交渉に臨むとき、提示する条件に対して相手がどう反応するか、それに対してどう返答するのかを、まったく考えない人はいないでしょう。

「予測する」と言うと難しいようにも思えますが、これは特別なことではありません。

この場合で重要なのは、こちらに対して相手が発するであろう質問の種類を数多く想定し、それに見合う返答を同じ数だけ用意しておくこと。そして、これを可能にするのが想像力です。

とはいえ、人間の想像力には限界があり、自身の経験や見開きして得た情報以外から、なにかを想定することはできません。

しかし、今日の情報社会では、さまざまな情報を比較的簡単に得ることができます。

取引相手の社風やこだわりなどはわかりやすいポイントで、それをもとにすれば、交渉の場でどのような質問や要望が出てくるのかは、ある程度予想できるでしょう。

提供するものがなんであれ、成功者の多くは世の中の動きから兆候を読み取って、次の行動を決めています。

「こうだろう」と想像するには、判断材料となる情報が必要です。単純に考えれば、情報の種類が多いほど、想定できる状況も増えていきます。

まずは普段から社会の動きに注視して情報を集め、想像力を働かせる訓練から始めましょう。

悪い面を認め、よい面を伸ばす!

世の中にはさまざまな人がいて、それぞれ得意なことや不得意なことは異なっています。

よい面があれば悪い面もあるのが普通で、本当によい面ばかりの人、悪い面ばかりの人は、探してもなかなかいないものです。

組織の長所は適材適所で発揮

個人での事業をする場合、普通は自分が得意なことに専念し、不得意なことには手を出しません。

よい面を生かすことは自分だけでもできますが、悪い面は誰かに補ってもらうか、悪い面が表に出る状況を避けるしかありません。

一方、複数の人たちで仕事をする組織では、それぞれが得意とすることを生かしつつ、互いに不得意なことをカバーすることができます。

個々の能力はまちまちでも、総合的な力を高められるのが組織の強みです。ただし、こうした組織の強みの生かすには、それぞれの得意不得意をきちんと把握し、それに合わせた部署に配置することが必要です。

これができなければ、組織の強みは生かせないばかりか、逆にトラブルばかり発生すると行ったことになりかねません。

「適材適所」ができてこそ、組織は力を発揮するのです。

優秀な人は必ず欠点もある

突出して優れた能力を備えた人は、一方でなにかしら普通以下という能力があるものです。その代表的な例といえば、やはりスポーツ選手でしょう。

スポーツで活躍する選手は、その優れた能力をさらに伸ばしたり、維持するために多くの時間を割いています。

人が使える時間はみな同じですから、ほかのことに割ける時間はわずかです。結果、スポーツで必要な身体能力以外は人並みのことが多く、特定の分野では人並み以下ということも珍しくありません。

「天才」と呼ばれる人たちもこれと同じで、過去には変人扱いされていたり、身体的になんらかのハンデを負っていたりするケースが見られます。

つまり、これらの人たちは、たいていの人が備えているなにかを持っていない代わりに、突出して優れた能力を手にしていると考えてよいでしょう。

これはビジネスの場においても同様です。話術に優れて交渉には強い一方、数字に弱くてデスクワークは不得意だったり、逆に実務は驚くほど完璧なのに部下の指導や外部との交渉は下手だったりと、得意なことがある人には不得意なことがあるものです。

マキャベリは「よい面を残そうとすれば、どうしたって悪い面も、同時に残さざるを得ないのである」と述べています。

人は長所より短所に目が行きがちですから、どうしても短所を直したがる傾向があります。しかし、短所はよほど本人が意識しない限り、簡単には直りません。

組織の利点は長所を生かした分業です。もちろん、業務に必要な最低限のことができないのは考えものですが、そうでないならリーダーたるもの、あえて短所には目をつぶる度量も必要でしょう。

短所を直すことに時間を使うなら、より長所を磨いて活躍する方が、組織のためにも、お互いのためにも最前です。

率直な意見を発言する人は大事

周囲から賞賛されたり、チヤホヤされるというのは誰にとっても非常に気分のよいものです。

最初は「お世辞かな?」と思っても、よほど下手なお世辞でもない限り、褒められて悪い気はしませんし、周囲から「すごい」などとはやし立てられると自分自身もだんだん「オレってやっぱりすごいのかな?」とまんざらでもない気分になっていきます。

ただし、その状態が自分にとってプラスになるか、というとそうもいえません。

聞きたくない意見でも、ガッチリ受け止める

マキャベリは「人間というのは誰でも、自尊心をくすぐられるのは気分のよいもので、それでつい、この”ペスト”に感染してしまうことになるのだ」と述べています。

この「”ペスト”に感染してしまう」というのは非常に皮肉のきいた表現で、自尊心をくすぐられるというのは、人間であれば誰しも感染してしまう病であり、その毒に侵されると死(破滅)を招くという意味が込められています。

マキャベリはこうした自尊心をくすぐる取り巻きのことを、「へつらい者」と呼び、その存在は統治者(リーダー)にとって「害毒」であると断じています。

そして、こうした「へつらい者」から身を守る唯一の方法は「あなたに真実を告げても、あなたが気分を損じないという保証を示すしかないのである」というふうに述べています。

つまり、たとえ自分にとって耳の痛い意見でも、しっかりと受け止める度量が大切であると言っているわけです。

自由に意見を言える環境づくりの大切さ

マキャベリのこの言葉は一国の統治者へ向けてのものですが、会社組織でも同様のことが言えます。

実際、あなたが経営者の場合はもちろん、部下を率いる立場であった場合でも部下のなかにはあなたの機嫌を損ねることを怖れて、おべっかしか言わないという者がいるかもしれません。

そうした人々の声は、あなたの自尊心を満足させる効果はありますが、会社組織としてはなんのプラスの効果もありません。それどころか弊害の方が大きいでしょう。

こうした事態を避けるには、「自由率直な意見を言うほど歓迎される」という空気をつくることが大切です。

経営者や上司に萎縮して、社員たちが自由闊達な意見交換ができない会社に未来はありません。

また、個人で言えば、自分におべっかばかりいう人よりも、率直な意見を述べてくれる人を大切にすべきでしょう。

もちろん、そうした意見すべてを受け入れる必要はありませんが、少なくとも「他社の意見を頭ごなしに否定する」という態度は避けることが肝要です。

他者の意見を頭ごなしに否定すると率直な意見交換ができなくなる!

疑い深い方がよい!

何事もはっきりさせたがる西洋人とは違い、日本人は「本音と建前」を使い分けてきました。話の流れで、適当な建前や社交辞令を口にすることは当たり前。

頼りになる相手を見極める

「今度飲みに行きましょう」という言葉を真に受けて誘ってみたら、実は裏で迷惑がられていたなんてことも、それほど珍しくありません。

こうした文化のなかで暮らす私たちでさえ、相手の言葉がどこまで本当なのかはなかなかわかりません。

草食男子という言葉も生まれて久しいですが、相手の本心がわからず一歩が踏み出せないとしても、むしろ当然なのかもしれません。

ビジネスにおける人間関係は、どこか利害で保たれているという面もあります。プライベートでの付き合いですら、関係を壊さないための建て前はざらですから、シビアなビジネスではなおのこと。

とくに仕事のパートナーを探すときは、細心の注意をはらって相手を選ぶ必要があります、とは言えそれなりの時間をかけて付き合ってみないことには、本当に相手がどんな人なのかはわかりません。

一方で、それまで誰とも仕事をしないというわけにもいきませんから、まずは一定の警戒心を残しながら軽い付き合いから始め、その過程で相手を観察しつつ、見極めていくしかないでしょう。

あなたが一定の地位にいる場合、その相手が「自分が現在の立場になくとも、付き合ってくれる相手かどうか」が、ひとつのポイントになるでしょう。

下心がある人は、どうしても言葉の端々にそれがにじみ出てきがちですから、そこを注意してみるだけでも、ある程度の選別はできるはずです。

人が言ったことをそのまま受け入れない

他人への信用について、マキャベリは「平時の状態に基づき人間を信用してはならない」と述べています。

平和なとき、人は「あなたを支持します」「あなたのためなら死を選びます」といった、協力や忠誠を誓う言葉を口にします。

しかし、本当に危機を迎えたとき、実際に駆けつけてくれる人は一握りに過ぎないという教訓をもとにした言葉です。

「困ったときはいつでもいってくれ」と言っていたのに、いざとなったらなにもしてくれなかった、などという話はよくあること。

ビジネスでは、仕事の後に「今後ともよろしく」とよく言葉を交わしますが、実際に関係を長くつづけている相手は、それほど多くはないでしょう。

ビジネスは利益を得ることが目的です。困っている相手を助けるには、助ける側にも実力が必要です。たいていの場合は利点でもない限り、手を差し伸べる人はいません。

援助を申し出た相手が大企業の経営者だとしても、なにか別に目的があると考えたほうがいいでしょう。

体力がない企業の経営者の場合、相手が本気で助ける気なら自身の社員の生活を危機に晒すわけですから、それはそれで問題です。

相手の本心は見極め難しいものですから、援助を受け入れるならリスクを覚悟しておきましょう。

慎重な人 お人好しな人
信じる相手はごく一部 基本姿勢 誰でもすぐ信じる
まず裏切られることはない 平時 よく裏切られるが反省はあまりしない
まれに裏切られるが、対策は立ててある 非常時 まず裏切られるし対策も全く考えてない。

最善の褒美は、小出しで頻繁に!

「インセンティブでやる気を保つ」で述べたように、褒美は部下たちのやる気を維持するうえで有効な一方、その功績に見合ったものである必要があります。

では、褒美を与える基準はどう考えたらよいのでしょうか。

大事なのは感謝の気持ちを伝えること

ビジネスでは大成功するのと同じかそれ以上に、小さな成功の積み重ねが重要です。大成功するのはまれですが、小さな成功ならそこそこ狙えます。

なにより、小さな成功を重ねてくれた方が、企業の経営も安定させやすいのです。部下としては、確かに大成功したときに大きな褒美をもらえばうれしいですし、大きな印象を受けるでしょう。

しかし、たとえ小さくとも成功は成功ですから、やはりなんらかの評価はしてほしいもの。

褒美を与える機会を大成功に限ってしまうと「自分を見てくれていないのだろうか」「この程度では評価されないのだろうか」と、不安や不満が湧いてくることもあり得ます。

マキャベリは「恩恵は人がそれをよりよく味わえるように、少しずつ与えられるべきである」と述べています。

これは「大きな褒美を一度だけもらうよりも、小さな褒美を数回もらうほうが、人はより恩義を感じやすい」ということです。

褒美を出すという行為は、ただ単に功績を残した相手に報いる、というだけではありません。

「あなたの働きをちゃんと見ていますよ」という意思表示でもありますから、褒美を出す頻度は高いに越したことはありません。

逆に言えば、とくに目立った功績がないとしても、あなたが頑張っている部下に報いたいと思うなら、個人的に褒美をあげてもよいのです。

ここで与える褒美は、ささやかな差し入れや、ねぎらいの言葉でよいのです。

大事なのは「あなたを気にかけている」というメッセージを、相手にきちんと伝えること。これなら特別な負担もありませんし、部下もモチベーションを保つことができます。

大サービスは自分の首を閉めることに…

上司として、部下の功績に報いたいと思うのはよいことです。できれば給料や報酬アップさせたいところですが、企業が支払えるお金にも限度があるのが実情です。

ほどほどの成功でしかないにも関わらず大きな褒美を出してしまうと、それが先例となってハードルがあがってしまいます。

相対的に考えれば、頻度が高い小さな成功に対しても、それなりの褒美が必要になりますから、自分の首を絞める結果になりかねません。褒美の基準は慎重に決める必要があるのです。

もうひとつ、過剰な褒美には受ける側の有難味が減るという問題があります。ひとたび大盤振る舞いをすると、相手は同程度の成功をしたとき、同程度の褒美を欲しがります。

そこで大盤振る舞いをつづければ、相手はそれが当然になり、少ない褒美では動かなくなるのです。

大盤振る舞いは外部で一時的に人を集めるに際には有効です。しかし、社内で部下を鼓舞する手段としては不都合でやはり褒美は小出しがベストなのです。

義理にこだわりすぎない

マキャベリの言葉のなかに「われわれの経験では、信義を守ることなど気にしなかった君主のほうが、偉大な事業を成し遂げていることを教えてくれる」というものがあります。

これは、信義を守るという徳にこだわらないほうが、結果的に大業をなし得るということです。

状況によっては信義に逆らうことも大事

同時にマキャベリは「人々の頭脳を操ることに熟知していた君主のほうが、人を信じた君主よりも、結果を見れば超えた事業を成功させている」とも述べており、

「リーダー には二面性が必要」でも触れたように、「人の上に立つリーダーは、狡猾な面も持っていなければいけない」ということです。

これだけみると、マキャベリは信義になんの価値を見いだしていないようにも思えますが、そういうわけではありません。

これらの言葉の前には「君主にとって、術策など弄せず公明正大に生きることがどれほど賞賛に値するかは、誰もがわかっていることである」と前置きがあります。

あくまで「信義は大切なもの」という前提のもと、それでも「状況によっては信義に反する選択も必要だ」と主張しているのです。

ここを取り違えると、ただの身勝手で信用できない人になってしまいますので注意してください。

信義に拘ると失敗する

マキャべリも述べているように、信義に厚いことは美徳です。自分との約束を守り、決して裏切ったりしない人に対して、誰もが好感を持つのは当然でしょう。

しかし、残念ながら

時と場合によっては、信義に反する行動を選ぶ必要があるのは事実。そして、リーダーとして人の上に立つ人ほど、こうした決断を迫られることは多いのです。

たとえば、あなたの会社が経営の危機に陥ったとします。社員の半分をリストラすればなんとかなりそうですが、彼らは苦楽を共にして会社を育ててきた同士でもあります。

全員の給料を半分にする手もありますが、それでは社員の生活がかなり厳しそうです。このとき、あなたはどうするべきでしょうか。

社員を切りたくないのはわかりますが、やはりここはリストラするしかありません。全社員を残したとしても、生活が立ち行かなければ意味はありません。

初めは納得していたとしても、実際に厳しい生活がつづけば不満も湧きますし、士気も下がります。これから立て直そうというのに社員の士気が低いのでは、とても回復は望めません。

リストラした場合、確かに半分の社員は切ることになりますが、残りの半分の社員の生活は守れます。

会社を立て直せなければ、全社員の生活が危うくなるのですから、ためらうべきではないのです。

残した半数の社員を鼓舞して会社を立て直せれば、その後にふたたび社員を呼び戻すこともできるでしょう。

もちろん信義を守ることは大切ですが、冷静に先を見据える目を曇らせて判断を誤るようでは、優れたリーダーとはいえません。

恐れられる人間になれ!

世の中には十人十色、さまざまな性格の人がいますが、ビジネスマンとして社会を生きていく、とくにリーダーや経営者として競争社会で勝ち残るためにはどのような性格であることが望ましいのでしょうか。

人の根性は悪である

これについてマキャベリは、興味深い言葉を残しています。

それは、「人間の根性は悪であるから、自分の都合で、自分の愛するものを容易に裏切る。しかし、処罰する権力のあるものを恐れ、裏切らない」というものです。

「人間の根性が悪であるか」については意見の分かれるところですが、少なくとも、この言葉は人の持つ性質の一端を鋭くとらえたものであるといえるのではないでしょうか。

「愛される人柄だけでは、人の心をひきつけておくのは不十分である」ということにある

経営者の中には、恩義に厚く、社員を家族のように思う人情派の方もいます。

そういう人柄に惚れ込んで頑張る社員もいることは確かでしょうが、マキャベリに言わせれば、それだけでは「いざとなれば容易に裏切られる」ということになります。

もちろん、マキャベリの言葉は一国の統治者へ向けたものですから、会社とはわけが違うともいえるのですが、国であれ会社であれ「競争に敗れれば消滅する」という点では同じです。

なかには「自分はそんなことはない。受けた恩には必ず報いる」という方もいるでしょうが、残念ながら世のなかそんな人ばかりではありません。

どれだけ世話を焼き、愛情を注いでも裏切る人は容易に裏切る。義理人情にこだわることも結構ですが、残念ながらそれだけでは渡っていけないというのも現実なのです。

恐れられても恨みを買わない

マキャベリは「人間の根性を悪」ととらえ、「愛されるより怖がられる方が、君主にとっては安全である」と説いていますが、その一方で「恨みや憎悪だけは避けなばならない」とも述べています。

つまり、恐れられるためならなんでもいってよいということではなく、部下の恨みを買うような真似は避けなくてはならないわけです。

いくら怖れられていても、それが畏怖に変わると、結局は自分への反撃となって返ってくることになりかねません。

また、怖れられるには、当然ながら自分自身がしっかりとした力を持っていることも重要です。ビジネスにおける力とは、端的に言うと利益を生み出す力ということになります。

あなたが利益を生み出す力を持っている限り、周囲はあなたを敬うでしょうし、そうでなくなれば見捨てて離れていくでしょう。

なんとも薄情な話だと思うかもしれませんが、経営者たるもの「恩義の絆など、利害が絡むビジネスの前ではあてにならない」くらいの強い覚悟と危機感を持っておくことも必要なのです。

損失を最小にする!

世のなかには、何事においても楽観的な人がいます。

「失敗したら、そのとき考えればいい」「失敗したときのことを考えていたら、何もできないよ?」誰でも一度は、そんな言葉を口にする人に出会ったことがあるでしょう。

ビジネスに絶対はない

確かにプライベートでなにかに初めて挑戦する場合などは、それでも良いかもしれません。

失敗したときのことを考え過ぎると恐れが湧き、萎縮してかえって失敗する可能性が高まることもあります。とくに体を動かすスポーツの場合は、成功するイメージだけを思い浮かべたほうがいいでしょう。

ビジネスにおいても、成功のイメージは大切です。これは実際に成功を手にした人たちの多くも述べていることです。

だからと言って、失敗したときのことをまったく考えないのはよくありません。

なぜなら、どんなに念入りに計画を立て、どれほど周到に準備していたとしても、必ずうまくいくとは限らないのがビジネスだからです。

新商品を開発したり新たなサービスを始める場合、必ずなにかしらのコストがかかります。それが失敗すれば、かかったコストは無駄になります。

企業の資金は無限ではありませんから、失敗したときのことを考えるのは当然です。

マキャベリの見解と類似するミニマックス原理

国家の経済政策は、社会に多大な影響を及ぼすだけに慎重さが求められます。常に正しい政策をとれればよいのですが、実際にはそうそううまくいきません。

そのため経済政策を決定するにあたっては、「ミニマックス原理」に則ることが基本原則となっています。これは、経済学の用語で「想定される最大損失が、もっとも小さくなる選択」のことです。

つまり、いくつか策定された政策案のなかからひとつを選ぶときは、「失敗したとしても、損失がもっとも小さくなる政策を選択する」ということです。

マキャベリも「われわれが常に心しておかねばならないことは、どうすればより実害が少なくてすむか、ということである。

そして、とりうる方策のうち、より害の少ない方策を選んで実行すべきなのだ。なぜなら、この世の中に、完全無欠なことなど一つとしてありえないからである」と述べています。

世のなかに確実なことなどないのだから、何かを実行する場合は失敗したときに備え、一番被害が少ない方法を選ぶべきだ、ということです。

マキャベリの言葉は国家をいかに保つかが題材なので、慎重なものも多く見られます。そもそも日本の企業は中小企業がほとんどですから、大抵の企業はそれほど体力がありません。

その意味で、マキャベリの主張に見える堅実さは、日本の企業に合致しているでしょう。ときには勝負に出ないと大きな飛躍はできないのも事実ですが、そうした局面でこそ、過大なリスクは避けるべき。

そして「伸るか反るかの大勝負だ!」と部下たちを煽っていたとしても、その裏で損失を最小に抑えられるよう準備しているのが、優れたリーダーなのです。

最後までお読み頂き本当にありがとうございました。

ナツキ
ナツキ
あなたの人生に素敵な勝利が訪れますように

KIYORA Group
メンタリストのための心理学 主任
桃園 ナツキ(ももぞの なつき)